『美術手帖』の「BOOK」コーナーでは、新着のアート&カルチャー本の中から、エッセイや写真集、図録など、注目したい作品を紹介しています。2016年7月号では、エッセイや辞典などの様々な形式で、美術や建築を考える糸口となる4冊を取り上げます。
田中純 著『過去に触れる─歴史経験・写真・サスペンス』

感覚を通じて触れる過去の出来事と、その伝達の在り方を思考したエッセイ集。ヨーハン・ホイジンガとアビ・ヴァールブルクの歴史叙述をめぐる考察から、建築家クラヴェルの恋人アーシアを探す旅、ヴァルター・ベンヤミンのポートレート写真に潜む「歴史素」の謎解き、さらには3.11直後のTwitterに流れてきた宮澤賢治ボットの詩句をめぐる私感まで。写真、詩、絵画など様々な表象を横断し、埋もれた記憶や無名の人々を掘り起こす真摯な探究の記録。
羽鳥書店|5000円
ハワード・S・ベッカー 著『アート・ワールド』

アメリカの社会学者によるアート・ワールド論。アートは集合的行為の中に存在するものと定義し、生産と分配のネットワークに関わる諸条件を一から点検する。映画や音楽の世界を引き合いに出して分業制度を考察するほか、アート・ワールドを構成する物的資源や受容層(オーディエンス、批評家など)、法や国家の介入についても言及する。初版は1982年の刊行だが、その論点はまったく古びておらず、現在にも応用できるものばかりだ。
慶應義塾大学出版会|4800円
ディディエ・オッタンジェ 編『シュルレアリスム辞典』

詩人、文学者、美術家ら多くのアーティストを巻き込み、20世紀を代表する芸術運動となったシュルレアリスム。思想の全貌を把握するのは容易ではないが、辞典形式で関連キーワードと人物評をまとめた本書は、主要概念を理解するための適切な導きの書となるだろう。「愛」「(客観的)偶然」「美」など、シュルレアリスムの思想の鍵となるキーワードや関連人物を詳細に解説するほか、主要展覧会の記録とシュルレアリストの名文集を併録した基礎資料の決定版。
創元社|9000円
山名善之+菱川勢一+内野正樹+篠原雅武 著『en[縁]:アート・オブ・ネクサス』

喪失感が蔓延する現在、人々が出会い生きていくための場はいかにつくられるべきか。かかる状況を見据え、2016年のヴェネチア・ビエンナーレ国際建築展で日本館が掲げたテーマは「縁」。1970~80年代生まれの若手建築家12組による建築実践を写真資料やインタビューで展観する。他人同士が共生する新しいタイプのシェアハウス、人と物の連関が生まれるように改築した古民家など、生活の情景が浮かぶような建築群が想像力を広げてくれる。
TOTO出版|1500円
中島水緒[なかじま・みお(美術批評)]=文
(『美術手帖』2016年7月号「BOOK」より)