江戸時代、葛飾北斎、歌川広重、東洲斎写楽、喜多川歌麿といった多くの絵師を世に送り出した浮世絵。いまも、当時と変わらない方法で浮世絵版画を制作している職人たちがいるのをご存じでしょうか? 今回、アーティスト・マンガ家の近藤聡乃とともに、20〜30代の若手職人たちが、新たな浮世絵の制作にのぞみました。その取り組みをご紹介します。(近藤聡乃のインタビューはこちら )
量産された浮世絵版画
浮世絵には、大きく分けて「肉筆浮世絵」と「浮世絵版画」とがあります。「肉筆浮世絵」は、絵師が紙や絹の上に直接描いた一点ものの浮世絵。対して「浮世絵版画」は、絵師が描いた原画をもとに、彫師(ほりし)、摺師(すりし)と呼ばれる職人たちが制作した木版画です。

「波間の富士」「Great Wave」などの愛称で親しまれている葛飾北斎(かつしかほくさい)の「冨嶽三十六景 神奈川沖浪裏(かながわおきなみうら)」(天保初年)は、後者にあたります。北斎が描いた原画をもとに、複数名の彫師、摺師が多色刷りの版画を制作しました。版画ですので、同じ図柄を複数枚制作できます。当時人気を博したこの作品は、数千枚摺られたと言われています。これらは数多くの所有者の手を経て、現在は世界中のコレクター、美術館、博物館の所蔵となっています。
浮世絵版画の制作は分業制
多くの方が、小学生の頃に図画工作の授業で版画をつくったことがあるのではないでしょうか。下絵を描いたあと、その図柄を彫刻刀で板に彫って、バレンという円盤状の道具を使って紙に図柄を写しとる。おおむね、そのような制作順序だったと思います。
浮世絵版画の制作は、この作業を複数名で分担します。版画の原画を描くのは「絵師」の仕事、版木を彫るのは「彫師(ほりし)」の仕事、和紙に絵柄を摺るのは「摺師(すりし)」の仕事です。

浮世絵版画は、いまでこそ美術館に収められ、オークションで高額取引されていますが、江戸時代当時は、その大半が庶民が気軽に購入できる商品でした。生産や流通のシステムは、現在の出版物に近いと言えます。浮世絵は、鑑賞の対象であると同時に、マスメディアとしての役割も担っていたのです。

日本の木版画の多色刷りの技術は、およそ250年前に確立されました。その後、浮世絵師、彫師、摺師、それぞれの分野の専門職が高度な技術を習得し研鑽を積むことで、他に類を見ない印刷文化を発展させていったのです。当時、これほどの高精細のフルカラー印刷が安価に庶民の間に普及した文化は、世界を見渡しても日本だけです。
受け継がれる匠の技、現代の彫師・摺師
この木版印刷の文化は、日本の近代化の流れのなか、他の印刷技術の普及とともに衰退していきました。しかし、どんなに機械印刷が進化しても、日本独自の木版画の表現にかわり得るものはないでしょう。「彫師」「摺師」の技術は、江戸時代から途絶えることなく、職人の手から手へ、21世紀の現代にまで受け継がれています。
この伝統的な木版画制作の技術継承に努める財団法人の養成支援プログラムを経て、現代の彫師、摺師として活躍している若手職人たちが、今回、近藤聡乃と共ともに、新たな浮世絵制作に挑みました。

彫師は、山桜の堅い板に、近藤聡乃が描いた原画の線を彫り、さらに多色刷りのために必要な色の部分の版木を彫りました。摺師は、彫師が彫ったこれらの版木を用い、手漉きの和紙に、まずは線の部分、そして色の部分を順々に摺り重ねていきます。


近藤聡乃も魅了された、浮世絵版画のシャープな線、和紙の中にきめこまれた絵の具の深い色合い。彼らは親方たちのもとで、北斎や広重などの過去の作品の復刻に取り組みながら、何年もの修行を積んで先人の技と知恵とを学んできました。そして今回、同世代のアーティストである近藤聡乃を浮世絵師として迎え、21世紀の浮世絵を制作したのです。
伝統の上の新たな歩み、同時代のアーティストとともに
写真に写った若い職人たちの姿に見覚えのある方もいるかも知れません。今年(2015年)のお正月のテレビ番組で、現代アーティスト・草間彌生の描いた富士山の作品を木版画で制作するプロジェクトが紹介されました。そのとき、番組の中に登場した職人たちが、彼らです。(bitedhoのニュース記事でもご紹介しています。「水玉の数は1万4685! 草間彌生の描く現代の浮世絵が公開」)

江戸時代、浮世絵とは流行を映し出す鏡であり、その時代の最先端を行くメディアでした。版画制作の技術は、同時代のアーティストと協同し、より多くの人たちの目を喜ばせ楽しませるものでありたい。いつの時代にあっても、それが職人たちの願いであり、いまに活きる技術として次代に受け継いでいく意義だと言います。彼らは、こうした日々の版画制作のほか、この技術と文化を多くの人に紹介するため、日本国内にとどまらず世界各国で、制作の実演会なども行っているそうです。

日本が世界に誇る文化を、時代に即したものとして継承していこうと励む、若い職人たちの今後にぜひ期待していです。彼らや、さらに彼らの後輩の若い職人を応援したい方、近藤聡乃の浮世絵に興味がある方は、公益財団法人アダチ伝統木版画財団へお問合せください。