世界最古の撮影技法「ダゲレオタイプ」に魅了された人々が繰り広げる愛憎と悲劇を描いた映画『ダゲレオタイプの女』が、10月15日よりヒューマントラストシネマ有楽町、新宿シネマカリテほかで公開されている。本作は、日本映画の第一線で活躍する黒沢清がオールフランス・ロケ、外国人スタッフ・キャストで挑んだ、自身初の海外進出作品。
"ホラー映画の巨匠"黒沢清の新作、オールフランス・ロケ、外国人キャストによる「海外初進出作品」には、誰が見ても意外としかいいようのないプロットが設定されていた。何しろ映画の中で狂言回しとして重要な役目を果たすのが、「世界最古の写真技法」であるダゲレオタイプなのだ。

© Film-In-Evolution - Les Productions Balthazar - Frakas Productions - LFDLPA Japan Film Partners - ARTE France Cinéma
フランスの画家、ルイ・ジャック・マンデ・ダゲール(1787〜1851)が発明したダゲレオタイプの技法が公開されたのは1839年である。金属板の上に画像を定着し、現実世界を細部までくっきりと再現できるダゲレオタイプの能力に、人々は驚きの目を見張った。鏡のように磨き上げられた原板の表面に浮かび上がる、ネガとポジとが一体化した像の、魔術的と言えるような妖しい美しさも、この技法があっという間に世界中に広がっていくのに一役買ったはずだ。

© Film-In-Evolution - Les Productions Balthazar - Frakas Productions - LFDLPA Japan Film Partners - ARTE France Cinéma
1850年代に、ガラスネガを使用する、より簡便で複製が可能な湿式コロジオン法(湿板写真)が発明されると、ダゲレオタイプは急速に廃れていく。だが、そのあえかな幻のような画像の魅力は、その後も多くの写真家の心をとらえ続けてきた。『ダゲレオタイプの女』に登場する写真家ステファンも、ダゲレオタイプに取り憑かれているという役柄だ。彼は助手のジャンの力を借りて、娘のマリーを等身大のダゲレオタイプに撮影しようとしている。露光時間はなんと70分。その間、身動きせずにじっとしていなければならないので、彼女は拷問器具のような金具で全身を固定されている。どうやら、筋弛緩剤のような危険な薬物も使用しているようだ。

© Film-In-Evolution - Les Productions Balthazar - Frakas Productions - LFDLPA Japan Film Partners - ARTE France Cinéma
映画はその後、事故にあったマリーとそれを助けたジャンが、生と死の閾をさまよう物語として展開していく。それが、あたかも生者を死者のような姿で金属板に封じ込めてしまう、ダゲレオタイプをメタファーとしていることは言うまでもない。左右逆像に写るダゲレオタイプの世界では、死者こそが永遠であり、生者はかりそめの姿に過ぎない。そんな逆説を、黒沢は最後まで描ききろうとしたのだろう。
飯沢耕太郎(写真評論家)=文
(『美術手帖』2016年11月号「INFORMATION」より)
監督:黒沢清
出演:タヒール・ラヒム、コンスタンス・ルソー、オリヴィエ・グルメ
配給:ビターズ・エンド
URL:http://www.bitters.co.jp/dagereo/index.html