海沿いを中心に多くのアートスポットが集まり、活気を見せている街、香港。2019年には美術館「M+」の開館を控えており、その広がりは今後も続く勢いを見せている。そんな香港のいまを、東京とニューヨークという2つの大都市での生活を経験し、ストリートやグラフィティ文化にもとづく作品を発表する大山エンリコイサムはどう見たのだろうか。香港の街が持つ特徴を観察した、滞在記を届ける。
香港アーツセンターとアジアン・カルチュラル・カウンシルの香港支部が共催する連続講演「クリエイティブ・マインド・シリーズ」の初回で発表をするために、私は今年9月に初めて香港島を訪れた。1週間の短い滞在だったが、幸い知人の案内もあり、様々な場所を訪れ、この都市の混成的でユニークな表情に触れることができた。心象を記しておきたい。
都市空間の複合性

Photo by Ryosuke Chishima
まず、東京に生まれ育ち現在はニューヨークに住んでいる私から見て、アジアとアメリカの都市を構成する対照的な特徴が、香港島では不思議なかたちで同居していると感じられた。ニューヨークのマンハッタン島はその限られた土地ゆえに不動産の開拓が水平ではなく垂直に進み、建築家のレム・コールハースの言葉を借りれば「人工のワイルドウエスト」または「空のフロンティア」である摩天楼を生み出した。香港島もまた、似た地理的条件がもたらす高層ビルの密集によって特徴づけられる。このことから両都市は、家賃高騰や居住空間の不足といった共通の問題を抱えている。

Photo by Ryosuke Chishima
しかし、ニューヨークの摩天楼の足元に広がる通りは整備されたグリッド構造であるのに対し、香港のストリートは入り組んで錯綜している。これは主に3つの理由によると私は考える。まずは地形である。北側は湾曲する海岸線に、南側はいびつに伸びる丘陵線によってかたどられた東西に細長い土地では、下部構造のグランドデザインを幾何学的に設計することは難しかったのではないか。実際、香港島の主要道路は海岸線をなぞるように伸びている。
次に、土地の高低差が挙げられる。東西に広がりつつ海岸から丘陵へせり上がる地形は、立体的な起伏を空間に与えている。片側には海が、逆側には山が広がる勾配は、それだけで目眩を覚えるほどだ。
3点目に、島中央部のセントラル・エリアに顕著な車道と歩道のゾーニングがある。自動車中心に設計された地上と、その上をまたがる歩行者用の陸橋や上空通路、さらにそれらと組み合わされたショッピング・モールやオフィスビルなどが、複合的な空間を形成している。ちょっとした空中都市のおもむきと言ってよい。
以上の要素によって、香港の街路は豊かな複雑さに満ちている。それはアジアに多く見られる雑多性とも言える。タイムズ・スクエアやそごうのテナント・ビル付近には、渋谷のスペイン坂やパルコ付近を想起させる街並みもあり、東京出身の私としては馴染みやすい景観だった。
再び上空に目を向けると、そびえ立つビル群の多くが実はパステル調のカラーで彩られていることに気がつく。それは気持ちが軽やかになる南国的な色調で、よく見れば街路樹もヤシ類が目立つ。この点において、同じ摩天楼と言っても灰色で無機質なニューヨークとは異なっている。
入り混じる洋の東西

このふたつの空間性──オーガニックでアジア的な街路と、垂直に宙へ伸びるビル群──をブリッジする興味深い事象がある。それは竹材を用いた工事用の仮設足場だ。東京やニューヨークでは単管パイプで足場を組むことが多いが、香港をはじめ中華圏では現在でも竹材を用いると言う。鉄製の単管足場の周囲は暗くなりがちだが、竹材は視覚的にも美しく、有機的に街に溶けこむ。驚くべきことに、相当な高さのビルもこれら竹の足場で囲い込んでしまう。欧米が推し進めた近代都市計画の産物である高層建築を、街路からオーガニックに繁茂するアジアの伝統知が包んでしまうようだ。香港島のいたるところに点在するこれらの竹製足場は圧巻である。
洋の東西が入り混じる香港島の特徴は、居住者自身にも見て取れる。1997年に中国に返還されるまでイギリス領土であった香港の人々のなかには、自分たちは中国本土よりもヨーロッパの生活様式に慣れ親しんでいると考える者も少なくない。さらに英語の普及率が高く、タックス・ヘイブン相当に税率の低い香港は、多国籍企業からアジアにおける金融機能の拠点と位置づけられることが多く、外国人の来訪者や赴任者が多い。
他方で、東南アジア諸国から出稼ぎにくる単純労働者も相当数いる。そのことを象徴しているのが、出稼ぎフィリピン人女性の日曜日の慣例として、セントラル・エリアを中心に香港島の様々な地域で行われる「ピクニック」だ。おびただしい数のフィリピン人女性が都市のあらゆる隙間に所狭しとシートを広げ、のんべんだらりと寝そべったり、炊き出しをしたり、お喋りに興じたりする様子は、(本人たちの意図せぬところで彼女らの存在が主張され)政治的ですらある。こうして都市をダイナミックに構成する様々な文化的・経済的要因が、香港の人々のアイデンティティーの配合に強く影響していることは想像に難くない。
中心部のアート施設

Courtesy of Hong Kong Arts Centre
次に、訪れることのできたアート関連のイベントや施設について触れておきたい。慈善団体の香港ジョッキー・クラブの支援のもと開催された「香港アーツセンター [ジョッキー・クラブ ifva エブリウェア] ifva カーニバル」は、短編映画やビデオ、アニメーション、メディア・アートなどの作品を展示するアート・フェスティバルだ。香港観覧車付近のエリアで、9月24、25日の2日間にわたって行われた。
1995年に「インキュベーター・フォー・フィルム・アンド・ビジュアル・メディア・イン・アジア」として始まった同イベント。今年は初めて交通量の多い屋外での開催となり、より一般層に向けて開かれた体裁となった。内容も、いわゆる参加型アートやセンサーで観客の動きを取りこむメディア・アートなど家族連れでも楽しめるものから、サウンド・アートや海景を利用したサイト・スペシフィックな作品といったコンセプチュアルなものまで多岐にわたる。また、会場一角のテントでは映像作品が上映され、ステージでは音楽ライブが行われるなど、活気にあふれていた。
同イベントは、9月から11月にかけて週末に運行されたシャトルバスのサービス「香港アート・イン・モーション」の道程にも組みこまれていた。やはり香港アーツセンターが運営する同サービスは、香港内のアートスポットを無料バスで巡るもので、ほかに「コミックス・ホーム・ベース」や「M+パビリオン」、「Oi!」、そして香港島の南側に位置し、多くの若手ギャラリーやオルタナティブ・スペースが集まる「サウス・アイランド・カルチュラル・ディストリクト」などを訪れることができる。このうち私自身が足を運んだ施設を、最後に簡単に紹介したい。
中心部の湾仔(ワンチャイ)にある香港アーツセンターの分館、コミックス・ホーム・ベースは、香港のコミック・アートのシーンを紹介するほか、現在リノベーション中である本館の代わりに特別イベントなども実施している。私が参加した「クリエイティブ・マインド・シリーズ」も同館4階で行われた。ローカルのコミック・アーティストによる少部数発行の同人誌なども紹介されており、香港におけるコミック・アートの層の厚さを感じさせた。
M+パビリオンは、目下建設中の大型美術館「M+」の本館が完成するまで、その横でプレ・オープンしている施設である。この秋には、2015年のヴェネチア・ビエンナーレに香港パビリオンで参加した曾建華(ツァン・キンワー)の個展「ナッシング」が開催され、私も関連トークを聴講した。質疑応答も含め通訳なしにすべて英語で行われていたことが、記憶に残っている。
北角エリアにある「Oi!」は、ロイヤル香港ヨット・クラブの会館として1908年に建てられた歴史的な建造物をリノベーションしたスペースだ。展示会場のほかに広場やカフェが併設され、市民の憩いの場としても機能する、コミュニティーに根ざした施設である。アートに関心がなくても訪れたくなる居心地のよさだ。
また香港島西部にある上環(ジョウカン)エリアには、既婚警察官の宿舎をリノベーションし、現在はギャラリーやアーティストのスタジオ、カフェや図書館などが入る大型複合施設「PMQ」に加え、「アジア・アート・アーカイブ」や「アジアン・カルチュラル・カウンシル」の香港支部オフィスがある。セントラル・エリアでは、本年中に開館が予定されている、元中央警察署を改装した芸術複合施設「タイクゥン」なども視察することができた。
中心部にアート施設の新設が続く香港の勢いを感じることができた滞在であった。次の機会には、島南部のカルチュラル・ディストリクトにも足を伸ばしたい。
PROFILE
おおやま・えんりこいさむ 1983年東京生まれ。2012年秋よりニューヨーク在住。慶應義塾大学環境情報学部卒業後、東京藝術大学大学院美術研究科先端表現専攻修了。グラフィティ文化の視覚言語を翻案したモチーフ「クイック・ターン・ストラクチャー」を軸に、壁画やペインティング作品を発表している。エッセイや執筆も行っており、著書に『アゲインスト・リテラシー──グラフィティ文化論』(2015年、LIXIL出版)がある。